「百億の昼と千億の夜」は、
原作:光瀬龍氏、絵:萩尾望都氏、1977年~1978年の作品です。
まだ20歳になっていない私は、この漫画を読んで言いようのない壮大さと空しさに襲われました。
以下、阿修羅と転輪王の最後のやりとりです。


転輪王:「阿修羅、宇宙の果てとはなんだ」
阿修羅:「宇宙の膨張速度が光速に達したところに果てがある、
その時、宇宙全体の質量のため空間は閉ざされ一個の球体の内部を構成する」
転輪王:「では阿修羅、その球の外は?」
・・・・・・・

私たちがシャワーで洗い流す細胞の中にも宇宙があるかもしれない。
マクロな世界はミクロな世界に繋がって、限りない外側は限りない内側に繋がっている。
そう考えると、今も言いようのない壮大さは同じですが空しさはなくなりました。

画像は宇宙全体のシュミレーションと私たちの天の川銀河を含む局部銀河群
(FB2012.8.31&2015.8.31)

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2012年冬至、マヤの暦が終わる1大イベントを終えて、無事2013年を迎えました。
2012年末に、何か起こるのではないのかと不安と期待もあったと思います。
2012年を無事に見送りもう1か月が過ぎようとしています。
何もなかったことに安堵された方も、失望した方もいたのではないでしょうか・・・
終末論とはいったいどこから来たのでしょうか・・・
それは、古代人の希望なのでしょうか・・・
それとも未来を、あるいは過去を視た者が伝えているからなのでしょうか・・・

私たちの世界に起こっているすべての事象は、人間の世界も宇宙にもリズムがあります。
まず物事には始まりがあって必要なものが集まって生まれてく「創造」の世界があります。
次に創造したものがさらなる繁栄を遂げようと「保守」の世界になります。
最後は「保守」が破られて移り変わる「破壊」の世界が訪れます。
「創造」「保守」「破壊」のリズムは繰り返され、変化し動いていることそのものが生きているということです。

「フェイバレット」<風の谷のナウシカに思う>No.25
http://nakagawaharumi.jp/?p=1039

以下抜粋

「風の谷のナウシカ」は、1984年映画版が有名ですが、1982年より宮崎駿氏(1941年山羊座生まれ)41歳のときからマンガ雑誌「アニメージュ」に連載を始めて約11年間、1994年53歳のときに完結した映画版の基となった漫画版があります。
発売とほとんど同時に購入して読んでいました。(残念ながら1巻2巻は初版本ではないのですが、3巻~7巻は初版本を所有しています)
漫画版の方が深く複雑ですが特に、映画と漫画ではラスト(終焉)が全く違います。
映画化された部分は漫画版全7巻のうち、2巻前半までの内容に手を加えた形になっています。

上記は東日本大震災の少し前(2011年1月29日)に書きました。

現実的な古代文明より暗示される終末論的なものもありますがナウシカ漫画版から思うことを書きたいと思います。
(是非、映画版しか見たことない方はご覧になってみてください)

 

以下「」文は「風に谷のナウシカ」から

ぼろぼろになった世界に古くからの言い伝えである予言があります。

「古き予言はまことであった・・・
青き清浄の地へみちびく者があらわれたのだ
木々を愛(め)で 虫と語り 風をまねく鳥の人・・・」

「その者青き衣をまといて金色の野におりたつべし
失われた大地との絆をむすばん」

人々は青き衣の者が救ってくれると期待しますが、
「青き衣の人は救ってはくれないよ、ただ道を指し示すだけさ」と出てきます。

「青き衣の者とは土鬼(ドルク)の土着の宗教が事実をきいて語りついだ願望なのか
それとも破滅の危機がたかまるとき私たち種族の生命が時空を隔てて産み出す人々なのか・・・」

次は、隠れた聖地に住まう即身成仏たちとナウシカのやりとりです。

即身成仏:
「・・・・・・
神はこれ以上人間が大地を汚すことを許しません
神は語っています
旧き世界は滅び永い浄化のときが来ると・・・」

ナウシカ:
「なぜそのために木々や鳥や蟲たちまでが苦しまなければならないのでしょう
王蟲たちの苦しみや悲しみは誰がつぐなうというのです」

即身成仏:
「滅びは必然です
神聖皇帝の愚行すらその一部なのですよ
すべての苦しみは世界が生まれかわるための試練なのです」

ナウシカ:
「ちがうわ!!私たちの風の神様は生きろといってるもの
わたし生きるの好きよ 光も空も人も蟲もわたし大好きだもの!!」

アセンション論に、肉体を離れて魂が5次元にいくというイメージのものもあるし他力を求め宇宙人救済説もあります。
私も以下のブログを書きました。
<アセンション 宇宙人救済説>No.200
http://nakagawaharumi.jp/?p=2227

人間が想像できるものはこの宇宙にあり得ることだからこのようなこともゼロではないでしょう。
しかし、宮崎氏の「ナウシカ」を読み返してアセンションの真理を考え直します。
即身成仏とは生きながらにして仏(ほとけ)になることです。

即身成仏:
「永くまったかいがありましたね
ええ、風が来ました。やさしく猛々しい風が・・・」

ナウシカに会って心穏やかな即身成仏たちは肉体を離れていきます。
「滅びは必然」と言いながらナウシカに希望を見たのです。
旧約聖書ヨハネの黙示録や仏教における弥勒菩薩救済説が存在している理由は同じようなことなのかもしれません。
予言があって予言に近いことが起こっていくのか、
予言の基となることが過去にあったから未来にも存在しているのか、
いずれにしても「創造」「保守」「破壊」の流れの中にいるには変わりありません。
アセンションとはまさに「破壊」の中に入っていることと言えましょう。
「破壊」という流れの中から建設的に思考し行動する「ナウシカ」はそれを教えてくれます。

 

そんなナウシカも人間のあまりな愚行と他の生命体である蟲たちの犠牲的な愛の行為に心がつぶれそうになります。
私はFBをしています。
TVや新聞では見られないいろいろな情報やニュースを知ることができます。
しかし戦争で犠牲になった小さい子供たちの画像を見てしまいました。
また反日活動で秋田犬を日本に見立ててなぶり殺しにしている画像も見てしまいました。
人間の争いのために犠牲になった犬・・・
なぜ日本の変わりに「犬」が殺されなくてはならないのでしょうか・・・
私はたまらない悲しみと怒りに襲われました。

以下再びナウシカから

ナニモノか:
「永い浄化の時が始まったのです
すべてが予定どおり進んでいるのです・・・・・・
ずっと昔から決まっていました
私たち呪われた種族は焼きつくされ新しい世界が生まれます」

ナウシカ:
「もう道はないのでしょうか?」

ナニモノか:
「滅びを恐れることはありません
おいで平安な世界へ」

ここで漫画の「絵」はナウシカの胸が光だします

ナニモノか:
「なんだね、その光は?
はやく捨てなさい 死者が甦る!」

ナウシカ:
「だめなの 光っているのは私の胸だもの」
「おまえは上人さまじゃない!!」
「人を喰らう虚無だ」
「されっ!!」

上記の即身成仏のようなイメージで登場したナニモノかは「虚無」だったのです。
2012年冬至に何も起こらなかったことで、がっかりされた人もいるでしょう。
今の生活や人類に幻滅し、この辛い3次元が続くことより魂になってアセンションしたい人もいたかもしれません。
現実に目を向ければ暗いニュースばかりで心の灯が「虚無」に食べられそうになります。
一度は「虚無」から抜けたナウシカでしたが再び、愚かな人間の戦争のために
死んでいく王蟲たち(他の生命体)の犠牲的な愛とともに自分も逝こうとします。

ナウシカ:
「もう何もかも手おくれだ」
「ここが私の旅の終わりだろうか」
「こんなに世界は美しいのに」
「こんなに世界は輝いているのに・・・」

しかし王蟲はナウシカの命を繋ぎます。
ナウシカ自身が「生きる」意志があるかどうか問われます。
「死」の淵は浄化された世界でした。
土鬼の皇帝はここで成仏していきますがナウシカはこの世に戻ってきます。
この世界は肉体を失った魂が成仏していく比喩の1つとして書かれたのではと思います。
ナウシカの心の中の次元として描かれています。
土鬼の皇帝はしがらみをすべて捨てて光の世界へ入っていきました。
もし、死んでしまったらいける世界なのかもしれないですが、
生きている私たちが「今」目指す世界ではないのです。
死んで5次元に行けるのがアセンションというのは幻でしょう。

さらに今度は3次元世界で同じような成仏した世界が現れます。
この世界は高度な技術で人工的に作られた世界でした。
トルメキアの2人の王子はこの世界の一部になっていきます。
大好きなピアノを演奏しながら、本人たちは全く気が付かないうちに平和な庭の一部に化していくのです。
生きながらにしてなるので即身成仏になる過程を省いて成仏するようなイメージです。
よく宮崎氏はこんな世界を考えたなぁと思いますが、
人間が想像することはあり得ることなのでどこかの星かもしくは過去の地球にあったのかもしれません。
眠りながら死にゆき平穏な世界に入るイメージです。

庭の主:
「そなた達人間はあきることなく同じ道を歩み続ける」
「何度もくり返された道を」
「みな自分だけは誤ちをしないと信じながら 業が業を生み悲しみが悲しみを作る輪から抜け出せない」
「この庭はすべてをたちきる場所」
「そなたのしようとしていることはもう何度も人間がくり返して来たことなんだよ」

ここで大きな秘密に触れます。
それは前述のブログにも書きましたがナウシカたちがDNAを操作された人類であったことです。

ナウシカ:
「永い間の疑問でした
世界を清浄と汚濁に分けてしまっては何も見えないのではないかと・・・」
「浄化された世界に私達は憧れてもそこでは生きられない
あなたは素から変わったとそういいました
自然に生まれた耐性ではなく人間が自分の意志で変えたのですね?」
真実に気づいたナウシカは平穏な世界から我に返ります。
以下前述ブログより


「ナウシカ」に出てくる腐海(ふかい)は、
人体に有毒な胞子を飛ばす巨大なキノコ類の森です。
映画版では、センセーショナルな登場をする巨大な虫、王蟲(おーむ)を始めとする生態系が腐海の中に在ります。
ナウシカは、腐海の樹木が綺麗な土と水の環境でなら、有毒な胞子(瘴気(しょうき))を飛ばさないことに気が付きます。
腐海は、清浄な空気と土を再生させるために生まれたものだったからです。

それが人為的であったと解るのは、最終巻(第7巻)で、旧人類の智慧の宝庫、土鬼(ドルク)の墓所を開けてからです。
映画版では明かされなかった衝撃的な秘密…
それは腐海も王蟲もすべて、旧人類の人工的な産物だったということです。
なんのために…
ぼろぼろになってしまった地球を浄化するためにです。
しかしここでもっと驚くことは人類の人体さえも、汚れた環境に合わせて作りかえられていたということです。

物語では、ナウシカを始めとする人類は、マスクを着けていても有毒な瘴気(しょうき)の環境にあるため、人体に毒素が溜まっていきます。
ナウシカは11番目の子供として生まれ、10人の兄姉の犠牲の上に育っていきます。
母体の毒素を吸って子が生まれるため育たなかったり、老いとともに手が石化して動かなくなる「生」を彼らは生きています。
その身体でさえ旧人類が高度な技術によって適応させたものだったのです。
汚染された地球の生態系に手を加え、それに適応した人体をも産み出していたのです。

私たちのDNAはどこかで何度か操作されてきました。
以下ブログから抜粋
<「あなたはどの星から来たのか」と「生命と宇宙」>No.201
http://nakagawaharumi.jp/?p=2242

「生命と宇宙」より抜粋

1971年頃は盛んに情報理論の研究をしていて人間のDNAの情報を漢字仮名交じりの和文にすれば7億字になると計算しました。
これは400字詰めの原稿用紙にして175万枚の文章量になります。
このように巨大な情報が米粒の60億分の1の小さな空間に含まれます。
・・・
ごく簡単な蛋白質でも偶然だけで発生する確率は毎秒500兆回振ったとしても
10の242乗億年もかかる見込みですから不可能といってよいという結論です。
ましてDNAのように複雑な蛋白質は論外というべきでしょう。

古生物学者を悩ませるミッシングリングがあるのはDNA操作に介入した存在がいるからではないでしょうか・・・?
果たしてその存在とはカミサマと呼ぶ存在なのでしょうか・・・?
それとも私たち人類の祖であるナニモノかなのでしょうか・・・?
生きながらにして成仏してしまう「庭」から抜け出したナウシカは
森とともに生きる種族、森の人セルムと「自然」と「生命」について考えます。
ナウシカ:
「千年前 人間は絶望の淵にあったのでしょう
必至に人々は希望を見つけようと努力した・・・
生態系をつくり生物をつくりかえる技はこの庭の維持にいまも生きています
計画では今は再生への道程のはずでした
けれど現実には愚行はやまず
虚無と絶望は更に拡がっています」

森の人セルム:
「あなたの考えは私達の一族を根底からゆるがします
森はひとつの聖なる生命体と私達は感じてきました」
ナウシカ:
「わたしはいまもそう感じています
たとえどんなきっかけで生まれようと生命(いのち)は同じです」
「精神の偉大さは苦悩の深さによって決まるんです」
「生命はどんなに小さくとも外なる宇宙を内なる宇宙に持つのです」

 

画像は、ミクロの世界からマクロの世界まで、中心にブラックホールが存在するとするものです。
科学的なブラックホールというよりこのイメージから解ることがあります。
この超微細な中心は、細胞の中心にも、銀河の中心にも、私たちの中心にも存在していてすべてと繋がっています。
ブラックホールだとしているこの画像からは「空」をイメージできます。
この「空」なる世界は、超次元の世界(一般的な12次元より上)、素粒子を生み出す世界、宇宙の大いなる意志の世界ではないかと考えます。
「空」に表される大いなる宇宙の意志は、宇宙の果てへと遠く、
そして自らの身体の一番奥の中心に存在して繋がっていますので、ナウシカの言葉の通りなのです。

ナウシカ:
「どんなにみじめな生命であっても生命はそれ自体の力によって生きています
この星はそれ自体が奇跡なのです
世界の再建を計画した者達が・・・すべてを予定していたというのでしょうか

ちがう
私の中で何かがちがうとはげしく叫びます」

私たち人類を造った存在は、どこまで人類の未来を解っていたのでしょうか・・・
創造、保守、破壊の流れとともに、70億の人類が地球を壊す前に自滅するように予言があるのでしょうか
アセンションとは重ねあわされた幻影なのでしょうか

ちがう
私の中で何かがちがうと激しく叫びます。
ナウシカと同じです。
再びブログより


千年の時を経て浄化され、その役目を終えた腐海や蟲たちは、全て滅んでいくようにも設定されていました。
清浄な地球に戻ったときに再生するように綺麗な(ナウシカたちのように造り変えられていない)人間の卵もありました。
汚染された環境に適応できるように造り変えられてしまったナウシカたちの人体も綺麗に戻す方法もありました。
しかしナウシカは叫び、これらをすべて巨神兵と共に破壊してしまいます。

「私達の身体が人工で作り変えられていても
私達の生命は私達のものだ。生命は生命の力で生きている。」
「生きることとは変わることだ。」

「なぜ気づかなかったのだろう。
清浄と汚濁こそ生命だということに、苦しみや悲劇やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない。
それは人間の一部だから…
だからこそ苦界にあっても喜びやかがやきもまたあるのに」

前回のブログの最後の引用です。
ナウシカのブログを書いて2年が過ぎました。
東日本大震災を経験し、外国からさまざま形で、攻めを受けている我が日本・・・
「ナウシカ」は日本人の象徴です。
「風の谷」は「日本国」の象徴です。
大国のトルメキアや土鬼(ドルク)の大戦争に巻き込まれながらも愚かな戦争を止めようと努めます。
そしてナウシカは女性ながら剣の手練れで自分の身は自分で護れます。
戦争は絶対に避けなければなりません。
今日、剣をふるうことはありませんが私たちは日本人としての誇りと
戦争に巻き込まれない強い「心」を持っていかねばなりません。

私の認識するアセンションは2013年が中心であとまだ100年くらいは続きます。
私たちのDNAは、それを造った者たちを超えて今変化しています。
生きているからです。
生きてきたからです。
画像はイメージですが目に見えない高次元の自己とDNAの螺旋で結ばれていきます。
これは失われた能力(直観)が再び強化されるようになります。
日本にはたくさんの神仏が居ますことを今一度思い出して・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風の谷のナウシカ」は、1984年映画版が有名ですが、
1982年より宮崎駿氏(1941年山羊座生まれ)41歳のときから
マンガ雑誌「アニメージュ」に連載を始めて約11年間、
1994年53歳のときに完結した映画版の基となった漫画版があります。
発売とほとんど同時に購入して読んでいました。
(残念ながら1巻2巻は初版本ではないのですが、
3巻~7巻は初版本を所有しています)
漫画版の方が深く複雑ですが特に、
映画と漫画ではラスト(終焉)が全く違います。
映画化された部分は漫画版全7巻のうち、2巻前半までの内容に
手を加えた形になっています。

(第4巻付随ミニポスター)

前述、<あけましておめでとうございます>No.119には、
http://nakagawaharumi.jp/?p=1000
http://ameblo.jp/haruminakagawa/day-20110104.html
村上もとか氏の「龍」に関して書きましたが、
「風の谷のナウシカ」も「龍」と同様、戦争が背景になっています。
大きな違いは、「龍」は歴史SFで過去のことですが、
「ナウシカ」は38世紀のずっと先の未来です。

 
ちょっと触れましたが、「フェイバレット」
<20世紀少年と、恐竜展&映画ソルトへ>No.24
http://nakagawaharumi.jp/?p=794
http://ameblo.jp/haruminakagawa/day-20100907.html
映画「ソルト」では、
主演のアンジェリーナ・ジョーリーがスパイを演じ、
北朝鮮や中東も絡んでくるアメリカとロシアのスパイ合戦のお話です。

 
また私は、さいとうたかを氏(1936年蠍座生まれ)の
漫画「ゴルゴ13」を読み続けて40年近く経ちました。
歴史の一部を「ゴルゴ13」で勉強させていただきました。
「ファイバレット」
<ゴルゴ13に学ぶ>No.4
http://nakagawaharumi.jp/?p=572
<ゴルゴ13に学ぶ2>No.7
http://nakagawaharumi.jp/?p=566
ゴルゴ13の初期作品は、米ソ冷戦時代のお話が多く、
映画「007シリーズ」に似たような色もありました。
しかし今日、米ソ冷戦=スパイ合戦はもう終わっているはず…?
と能天気な日本人の多聞にもれず私も思っていました。
去年(2010年9月)「ソルト」を見ていて、
今まだ、アメリカとロシアはスパイ合戦をしているのか、
というのが不思議であると共に、実にリアルに感じ怖くなりました。 

 
北方領土問題、尖閣諸島問題、沖縄基地問題、拉致問題など、
日本が抱えている火だねが浮上する今日、ニュースを見ていると
戦争経験者の昭和ひとケタを親に持つ私ですが、
生きている間に日本が戦争に巻き込まれることはまずないと、
思っていたはずが、そう言い切れない不安に襲われました。

 
シュメール以前、存在していたと言われる古代文明の
アトランティスとレムリアは、アトランティスがレムリアを攻めて
両方とも滅んだと言われる説があります。
現在、飛行機が行方不明になることで有名な
「魔の三角地帯」と呼ばれるバミューダ海域は、
あり得ない量の放射能が検出されているそうです。
古代に核兵器が使用されたと論じる著書も数多く出ています。

 
 
かつて、地球の政権を恐竜は、2億年も担っていました。
前述の<20世紀少年と、恐竜展&映画ソルトへ>にも書きましたが、
「サインズ」<2036年 アポフィス>No.98
http://nakagawaharumi.jp/?p=774
http://ameblo.jp/haruminakagawa/day-20100827.html
恐竜は隕石によって滅んだとされますが、
自ら核兵器を使ったわけではないので、2億年も存在できたのかもしれません。

 

映画「ソルト」でも現在の核兵器をめぐってのスパイ合戦でしたし、
漫画「龍」も古代の核兵器(秘宝)を廻って第二次大戦中が描かれています。
「ナウシカ」では、核兵器を装備した巨神兵が登場します。
28世紀(西暦2700年代)「火の7日間」に、たくさんの巨神兵が、
使われ人類は地球もろともぼろぼろになります。
その1000年後の38世紀(西暦3700年代)、1体だけ埋もれて残っていた巨神兵を、
映画版では、トルメキアの王女クシャナが兵器として使いますが、
漫画版では、ナウシカが巨神兵の母となって共に行動します。
(漫画版のクシャナはもっと高貴でタフであり、真の王道を生きます。)

「ナウシカ」は、宮崎さんのリアルな思考に基ずいたSFですが、
創造力というより、人類のアカシック(レコード)から、
未来をあるいは過去をダウンロードしたのではないかと思うほどです。

「ナウシカ」に出てくる腐海(ふかい)は、
人体に有毒な胞子を飛ばす巨大なキノコ類の森です。
映画版では、センセーショナルな登場をする巨大な虫、
王蟲(おーむ)を始めとする生態系が腐海の中に在ります。
ナウシカは、腐海の樹木が綺麗な土と水の環境でなら、
有毒な胞子(瘴気(しょうき))を飛ばさないことに気が付きます。
腐海は、清浄な空気と土を再生させるために生まれたものだったからです。

 

それが人為的であったと解るのは、最終巻(第7巻)で、
旧人類の智慧の宝庫、土鬼(ドルク)の墓所を開けてからです。
映画版では明かされなかった衝撃的な秘密…
それは腐海も王蟲もすべて、旧人類の人工的な産物だったということです。
なんのために…
核兵器を使用しすぎて、
ぼろぼろになってしまった地球を浄化するためにです。
しかしここでもっと驚くことは、人類の人体さえも、
汚れた環境に合わせて作りかえられていたということです。
 

 
物語では、ナウシカを始めとする人類は、マスクを着けていても、
有毒な瘴気(しょうき)の環境にあるため、人体に毒素が溜まっていきます。
ナウシカは11番目の子供として生まれ、
10人の兄姉の犠牲の上に育っていきます。
母体の毒素を吸って子が生まれるため育たなかったり、
老いとともに手が石化して動かなくなる「生」を彼らは生きています。
その人体でさえ、旧人類が高度な技術によって、適応させたものだったのです。
汚染された地球の生態系に手を加え、
それに適応した人体をも産み出していたのです。
 
ナウシカは森の人、セルムに言います。
 

「闇は私の中にもあります。
この森が私の内なる森ならあの砂漠もまた私のもの、
だとしたらこの者はすでに私の一部です。」

 
そして、宿業深き土鬼(ドルク)の皇帝を成仏させてしまいます。
 
 
「あなたは生命の流れの中に身をおかれています。
私はひとつひとつの生命とかかわってしまう…
私はこちらの世界の人達を愛しすぎているのです。
人間の汚した、たそがれの世界で私は生きていきます。」

 
セルムたち森の人は、火を捨て腐海という自然に中に生きる種族です。
一方、ナウシカは人間らしい暮らしを
忘れていない「風の谷」に生きてきました。
ナウシカは戦争に備えて凄腕の剣士でもありました。

「火の7日間」という最終戦争は28世紀(2700年代)に起こりますが、
「ナウシカ」が登場する38世紀(3700年代)まで1000年の月日が流れています。
最終戦争を起こした旧人類とは、まさに私たちの未来です。
宮崎さんが「ナウシカ」を描いていたのは、20世紀(1982年~1994年)最後でした。
現在、21世紀(2011年)ですが後700年くらい先の、
今の文明の集大成を描いたのです。

日本に原爆が投下されたのが1945年です。
まだたったの数10年しか経っていないのです。
現在、核所有国は、核兵器が抑止力だと言う見解ですが、
一歩間違えて使用したら地球そのものが壊れてしまいます。
映画「ソルト」はその様子がリアルでした。

 
また、
<プラネタリウム 六本木ヒルズと科学未来館>No.115
http://nakagawaharumi.jp/?p=935
にちょっと触れましたが、
地球に今まではあり得ないから宇宙存在?かと騒がれた
ヒ素を取り込む(食べる)バクテリアが発見されNASAが発表しました。
DNAを始めとする生物の研究は益々進むでしょう。
がん細胞を攻撃するリンパ球を自身から採取して培養し、
人体にまた戻す免疫療法など役立つ医療技術が向上している半面、
クローンを生みだすこともできるようになりました。
何が…、何処までが…、
「神の領域」なのかは、私には解りません。
「神」の定義は難しいからです。
 
私が小さい頃(1960年代)、オゾンホールはありませんでした。
(オゾンホールは1970年代前半に発生したとされている)
小学生の頃、海に行けば太陽(紫外線)は柔らかで、
日焼けしても、心配なほどではありませんでした。
またアトピーという言葉も一般的に浸透していませんでした。
それでも…
核兵器を使用せずとも、日に日に環境は汚染されてきました。
そして、汚染された空気や水の中でも、
生物は適用して生きようとします。
私たち人間も例外ではありません。
 
宮崎さんが視た私たちのなれの果てが、
SFであるナウシカに登場する
巨神兵、腐海の生態系、ヒドラ(人造人間)を
作りだしてもおかしくはないのです。

 
「たとえどんなきっかけで生まれようと生命(いのち)は同じです。
生命はどんなに小さくとも外なる宇宙を内なる宇宙に持つのです。
精神の偉大さは苦悩の深さによって決まるのです」
 
人工的に造られた生命に対してにさえ、放ったナウシカの言葉です。

 

千年の時を経て浄化され、その役目を終えた腐海や蟲たちは、
全て滅んでいくようにも設定されていました。
清浄な地球に戻ったときに再生するように
綺麗な(ナウシカたちのように造り変えられていない)人間の卵もありました。
汚染された環境に適応できるように造り変えられてしまった
ナウシカたちの人体も綺麗に戻す方法もありました。
 
しかしナウシカは叫び、
これらをすべて巨神兵と共に破壊してしまいます。

 

(第6巻付随ミニポスター)
 
 

「私達の身体が人工で作り変えられていても
私達の生命は私達のものだ。生命は生命の力で生きている。」

 

「生きることとは変わることだ。」

 
「なぜ気づかなかったのだろう。清浄と汚濁こそ生命だということに、
苦しみや悲劇やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない。
それは人間の一部だから…
だからこそ苦界にあっても喜びやかがやきもまたあるのに」

 
 
ナウシカは墓所の番人ヒドラ(人造人間)と対峙します。
このラストは、1977年~1980年「月刊マンガ少年」に連載された
竹宮恵子氏(1950年水瓶座生まれ)のSF作品「地球へ…(テラへ)」に似ています。
「テラへ…」では、ミュー(次世代の超能力を持った新人種)が、
支配から逃れるべく全てを統べコントロールしてきた
コンピュータ「マザー」を破壊します。
しかしそのような事態を予想して平和を取り戻すようセットされていた
別のコンピュータ「地球テラ」をさらに地底に見つけます。
そして、マグマの流れさえ制御できるコンピュータ「テラ」をも止めてしまいます。
制御を失った地球は、到る所で噴火して天変地異が起こり始めます。
全てが破壊された世界に敵対していた人類とミュー(新人類)が、
共に生きていくラストへと繋がります。

 
 
竹宮さんのこの作品は「ナウシカ」より古いものです。
宮崎さん同様、竹宮さんも
人類のアカシックからダウンロードしていたのでしょうか…

 
もうひとつ似ている作品を紹介しましょう。
樹なつみ(いつきなつみ)氏(1960年水瓶座生まれ)の
SF作品「獣王星」(1993年~2003年連載)にも共通するところがあります。
とくにこの作品は映画「アバター」に類似するところがあり、
私は「アバター」を観たときに、樹さんの「獣王星」を思い出しました。
「獣王星」はアニメ化もされており、
堂本光一くんが声優として出演していた記憶があります。
「獣王星」でも人為的に星(天体)を制御していた装置「ボール」を
人智を超えた植物「ベラ・ソナー」が破壊します。
植物ベラ・ソナーが「星」の意思のように描かれています。

 
 
再び、ナウシカと墓所の主(ぬし)との最後の対話です。
 
 
「人類はわたしなしには滅びる」…

 
「それはこの星が決めること」

 

そう…
悠久のときを経て、地球が決めることなのでしょう。 

 

「いのちは闇の中のまたたく光だ」

 
「すべては闇から生まれ闇に帰る」

 
 
私たちは「闇」から生まれたのでしょうか…?

 
御魂(神仏)を宿している人間を「光」の存在だと、
性善説的なことを信じている私には衝撃的な言葉です。
でも戦争を繰り返し、同じ悲しみを何度も味わう人類は、
もしかしたら、闇から生まれたのかもしれません。

 

 
「生きねば」

 
「風の谷のナウシカ」漫画版最終巻最後の1コマの言葉です。

 
私たちは…
生きねばならないのです。

 
そして「光」にばかり目を向けずに
「闇」にも向き合わないとならないのだと思います。

(第5巻付随ミニポスター) 
  
  
 
 

浦沢直樹氏作漫画「20世紀少年」の主人公たちは、
私と同じ1959年亥(いのしし)年生まれである。
今日は、同じ1959年生まれで、幼稚園年少組(4歳)からの友人、
裕子ちゃんと六本木ヒルズにアンジェリーナ・ジョリー主演映画「ソルト」と
タワー52階に展示されている恐竜展(9月29日まで)を観てきた。
 
wikiで調べたら浦沢氏は、
中学3年のときに好きだったNくんと誕生日が1日違いだった~
裕子ちゃんとは、幼稚園3年間が同じクラス、
小学校は4年生~6年生が同じクラス、
中学校は中3の時だけ同じクラスである。
幼稚園も小学校も中学校も卒業式は
同じクラスなので節目節目のご縁である。

唐沢寿明氏ファンの裕子ちゃんは、
「20世紀少年」の映画3部作をすでに観ていたが、
漫画は読んだことがないというので現在、貸している。
この漫画に色濃く出てくるエキスポ70「大阪万博」に
裕子ちゃんは行かなかったそうだが、
私は夏休み前に学校を休んで大阪に連れて行ってもらった。
アメリカ館で「月の石」も観たし、太陽の塔の中にも入った。
父と母、弟と3泊くらいして万博会場を廻ったが、
好奇心と未来への期待で全部観たいのに、
人気の館は3、4時間は並ばないと入れない。
それ以来、私と弟の共通語がある。
「足がバンパク」
もうこれ以上疲れて歩けない…という意味である。
 
「20世紀少年」は漫画の方が複雑でリアリティ性がずっと高い。
ただよくピッタリの俳優をキャラクターに選んだな、と関心はするが、
主人公、遠藤健児役の唐沢くんはイイ男過ぎで、
ラフさと陽気さに欠けていると思った。
裕子ちゃんと私は女子で二人だけ男子を相手に喧嘩もした仲間である。
 
男子の中で私の天敵だったMくんは、
今やエリート中のエリートで某一流企業で出世を続けているらしい。
Mくんは唐沢敏明似で裕子ちゃんとは仲がいい。
(私とはきっと今も合わかな)

同い年(アラフィフ)ならではの話しをしながら、
アンジェリーナ・ジョリー主演「ソルト」を観た。
この話しは、実は危険なほどにリアリティがある。
そう感じたのは私だけだろうか…
完結していないので何話か続きそうだ。期待を裏切らないでほしい。
「20世紀少年」の漫画版もそうだが、
リアリティ性の高いものほど関係性は複雑だが、動機はシンプルなのである。
 
「サインズ」<ハジマリの始まり>No.99
http://nakagawaharumi.jp/?p=782
にちょっと追加した。
私の前世に書き忘れていたものが2つあった。
YR先生にいくつも観て貰ったときに、
直前の前世は江戸時代、
どこぞの殿の側室で籠の中の鳥のような人生だったそうだ。
(今より美人と言われた)
そしてもう1つ、イギリスだったと思うが、
甲冑をつけ剣をまとった女戦士の前世があったのだ。
まるでジャンヌ・ダルクのようだとYR先生が霊視した。
私のキャラは強い女性の前世が多いのだ。
なぜ、女性なのだ?
強いのなら中国の武士の時のようにずっと男性でいた方が楽なのに…
女性ならお姫さまみたいに護られる方がいいのに…
(そう思って直前の前世は側室だったのか・・・)
 
アンジェリーナの格好よさやタフさ、その中にある女らしさを観ていると
強い女のキャラもいいかと思ってしまう。
だが私のキャラは戦士だけでなく魔法使いの要素も入っているのでややこしい。
魔法使いというより魔女なのか、
スピリチュアル関係の仕事をしていると「魔女みたい」はほめ言葉だそうだ。
私は魔女より戦士の方が好きだが、単純な戦士になりきれないのも事実である。
裕子ちゃんは現在、高校生のお嬢さんがいて、しっかりした旦那さまもいるが、
彼女もお姫さまのキャラではないね~
だって一緒に基地作って男子と決闘してたんだから(笑)
それに私より運動神経がいいからアンジェリーナに近い?
 

前述<2036年 アポフィス>
http://nakagawaharumi.jp/?p=774
に恐竜のことを書いた。
実は、ヒルズタワー52階「恐竜展」を観に行ってから書きたいと思っていたのだが、
夏休みは混んでいるし開催期間に行けないと思ったので先にアップした。
 
(写真は裕子ちゃんです。自分以外の人物を初めてアップします)

恐竜が地球の政権を担っていたのは実に2億年近くもあるのである。
現在の人類の歴史は、検証されていない古代文明
(例えば、ムーやアトランティス)があったとしても
数万年にも満たないのではないだろうか…
初期の人類である猿人は600万年前から130万年前まで生息していたらしい。
恐竜が闊歩していた期間とは桁が違うのである。


滅んでしまった古代文明のことも思いつつ、裕子ちゃんと恐竜展を廻った。
NHKが製作した精密なCG映像を到る所で観れるので恐竜ファンにはお奨めである。

連載以来、ゴルゴ様(ゴルゴ13)の他にずっと愛読し続けてきた漫画がもう一つある。
「花のあすか組」、「新・花のあすか組!」である。

「花のあすか組」は高口里純氏(女性、1957年天秤座生)の代表作品で1985年〜1995年に「月刊Asuka」(角川書店)と「別冊あすか」に連載された。コミックスは全27巻、外伝全6巻、番外編全1巻、小説外伝全1巻が刊行されている。TVドラマや映画化もされているが私は漫画しか読んでいない。
「新・花のあすか組!」は2003年〜2009年まで書きおろしで刊行されてきた。アマゾンで買いつつ、先日、8巻目を読んで満喫したところである。
「新・花のあすか組!」は舞台を現在に変えての展開で、渋谷繁華街地下の女子中学生同士の携帯バトルなど面白い。
(もちろん、あり得そうであり得ないからSFと同じなのです)

高口氏の他の作品に「ロンタイBABY」がある。「ロンタイBABY」の主人公たちは高口氏彼女自身と同じ1957年生まれである。当時の硬派不良?の筋を通すお話である。
また浦澤直樹氏(1960年山羊座生)の作品「20世紀少年」のケンジ始め主人公たちは1959年(亥年)生まれで、浦澤氏は1960年生まれであるが1月の山羊座なので私と同じ学年になる。これらは、自分と同じ年齢で主人公を描き、舞台を現代の日本に設定しながら究極のSFを作り出している。
私たちの世代は団塊の世代より一回りくらい下であり、バブル期には20代後半であったので、比較的強烈な生きにくい時期は避けてこられた世代と言える。
しかしこの世代の特徴として、革命を起こす不穏分子が多く、50代のニュータイプと呼ぶにふさわしい人が多い。

天王星は公転周期が約84年なので1つの星座(サイン)を約7年で通過する。
天王星の滞在する星座から世代の特徴を視ることができる。
約1955年〜1962年まで天王星はディグニティの悪い獅子座に位置している。
世代の特徴として組織的な体制が苦手でありながら、頭角を現し突起した存在になり、さらに最後は頂点の存在と組織を一新する闘争になる象意が強い。

ちなみに天王星が、乙女座在中は約1962年〜1969年生まれで、バブル期全盛期に成人した世代であり、双子座在中の約1942年〜1948年生まれ(団塊世代含む)とは相性が悪い。団塊世代は、双子座天王星の影響から仲間意識が強く組織の結束も高いが、バブル成人世代は乙女座天王星の影響から「実」に重きをおき、労働の在り方に革命を起こすあらゆる業種のベンチャーの先駆けである。天王星の波動が全く違う世代同士なので俗に相容れない批評も多い。

天王星が蟹座在中の約1948年〜1955年生まれは、愛社精神があり、学閥派閥意識が強く卒業校のOB会などにも熱心だったりする。団塊世代を影から支える地味な実力者が多い。一方、天秤座在中の約1969年〜1974年生まれは組織への適応力が高いが、保守的な蟹座在中の世代とは相性が悪い。
世代の持つそれぞれの天王星の波動(質とパワー)が社会組織(システム)の在り方を通して時代を作ってきたのである。
また天王星の在中星座は親子の相性を視るときにも使える。

話しを天王星が獅子座の私の世代と「あすか」に戻そう。
高口氏の女子硬派世界は、同世代である私が体感してきた世界の究極のSFである。
「全中裏」なる闇の完全なるヒエラルキー組織、そこに風雲をもたらす「あすか」…
「ともだち」の支配下にある近未来の日本、そこに風雲をもたらす「ケンジ」たち…
「戦う」という表現がピッタリなのに、本人たちは戦っている感覚ではないのだ。

「あすか」を読んでいると、こみ上げてくるものがある。
「フェイバレット」<少女漫画>No.3にも書いたが「あすか」の名セリフがある。
「あたしはただ、命を燃やしているだけさ」…
この一言に生き方すべてが込められている。
高口氏はクールな天秤座生まれであるが真反対の熱い牡羊座的要素が強い。
他でも書いたが対極の星座は「似て非なるもの」同士であるが、同じ要素を共有する。
コミック外伝で登場人物の生まれ星座が紹介されていたが、主人公「あすか」と親友「ミコ」は決められていなかった。
でも私は「あすか」は高口氏と同じ天秤座生まれであろうな、と思いながら読んできた。

完全なるヒエラルキー(階層)組織「全中裏」に関わる人物たちは、「あすか」より下の存在も、上の存在も、また別組織の長たちも、「あすか」の真っ直ぐな言葉と眼差しに、心を打たれて、心を奪われていく。
テーマは「友達」「仲間」「同士」…
「恋愛」は二の次で「友達」、真の「友情」とは…を問う。
「20世紀少年」の「ともだち」…とダブるところがある。

天王星の本来の座は水瓶座である。
水瓶座は友愛(友情)を象徴する。
(友愛で有名な鳩山由紀夫氏も水瓶座生です)
天王星が真反対の獅子座にいるこの世代は「友情」に関して深く考えるのだ。
確かに私も恋人がいないのは全く平気だが、友達がいなかったら孤独で耐えられないと思う。獅子座はさみしがり屋なのである。
たった一人でいい、その時の私の理解者がいれば…といつも思ってきた。
でも今は、「理解者」ではなくて「応援者」でも充分だと思っている。
人が人を深く理解することは難しく、求めれば求めるほど限りがない。
でも愛を持って応援することはできる。
去年は特に応援してくれる人たちの暖かさが身にしみた。

そして友達とは、対等に力を分けてくれる存在だと、「あすか」の世界では描かれている。
ヒエラルキーな世界にいるからこそ解る、上も下もない対等な者たち…
さらに年齢も、そして男も女も関係ないから、「あすか」に登場する主要人物たちは、みんな女子なのに腕っぷしもよく、考え方もクールで男っぽい。
中学生同士なので殺し合いにはならないが、格闘シーンが多く「全中裏」には格闘技の有段者が数多くいる。女子中学生の組織に有段者がたくさんいるのだ。あり得そうであり得ないから究極のSFなのである。

「あすか」は有段者ではないが心身ともに強い。
魅力的な登場人物が多い中、やはり私は「あすか」が好きだ。
「あすか」のように信念と志を持っていたいと思う。

今日、あなたも私も、通常の生活を送っている。やるべきこと(仕事)があり、家族や友人と何気なく過ごしている。
そして1週間(1ヶ月)のうち、時々、若干のハプニングや小さなシンクロニシティが起きていることと思う。

年に何回か、または10年に一度くらいか、あるいは今まで生きてきて初めてかで、そのレベルや次元において、大きなハプニングや奇跡のようなシンクロニシティが人生には起きるのである。また、起こらなければ、人生は味気ないし進まない。

ゴルゴ様の出生の秘密に触れる何話かのうち、これぞ、作者であるさいとう・たかを先生も認める?(さいとう氏自身が選んだ「BEST13 of ゴルゴ13」(小学館)にも入っている)ゴルゴ様の出生を明かした話ではないか!という一番の長編「すべて人民のもの」を紹介しよう。数あるゴルゴ様の話しの中で私が一番気に入っている物語である。

時代背景は、旧ソ連の書記長(物語ではゴルチェンコ)の急進的改革の頃、アフガン撤退を強いられ不穏な旧ソ連軍の長老たちの手に、ロマノフ王朝の莫大な資産(アメリカ国家予算に匹敵)を継承する者が在り、その使い道如何で世界の勢力図が塗り替えられるというスケールの大きい計略から始まる。

スイス某銀行に預けられているロマノフ王朝の莫大な資産を継承する者は二人在り、一人はソ連軍現役の大佐(秘密組織の殺し屋。以下殺し屋大佐)で、もう一人は、なんとゴルゴ様らしいのである。この二人は父親違いの兄弟?らしい。では二人の母親は誰か?

実際の歴史でも謎の多いロマノフ王朝第四皇女アナスタシアではなく、物語では、第五番目の皇女が存在することになっている。ニコライ二世の妻アレクサンドラ皇后と怪僧ラスプーチンの間に産まれた不義の子が第五皇女であるという設定だ。その第五皇女が殺し屋大佐の母親であり、さらにゴルゴ様の母親の可能性を匂わせていく展開になっている。

怪僧ラスプーチン(グレゴリー・ラスプーチン1871年−1916年)はWikipediaによると、「人々に病気治療を施して信者を増やし『神の人』と称されるようになり、皇族のアレクサンドラ皇后に紹介され、血友病患者であったアレクセイ皇太子を治療して信頼を得た。第一次世界大戦が勃発してニコラ二世が首都を離れて前線に出ることが多くなると、内政を託されたアレクサンドラ皇后は何事もラスプーチンに相談して政治を動かし人事を配置した。」とある。

ゴルゴ様の物語は、信憑性を感じるように成っているのも魅力の一つで、歴史から見てもラスプーチンはヒーラーであり、超能力者(霊能者)であった可能性が高い。
この物語に登場するもう一人の主人公の殺し屋大佐とゴルゴ様には共通の超能力が宿っていて、他の物語でも描かれるゴルゴ様の動物的直感は超能力的で如何にも蠍座っぽい。

さて物語は、殺し屋大佐が70年ぶりにロマノフ王朝の末裔を証明し預かっていたスイス銀行にその資産をすべて要求する。驚いた西側はもう一人の継承者を探すのである。
その過程で第五皇女の存在が明らかになっていき、アセクサンドラ皇后と怪僧ラスプーチンの間にできた第五皇女と日本人(東条英機元首相の秘書であるという設定)のサムライ(文武に優れた)との間に出来た子供がゴルゴ様であると、推測可能な物語になっている。
物語の説明はこの辺で割愛するが、第五皇女は最初同じロシア人との間に子供を設ける。ゴルゴ様の兄と推測される殺し屋大佐である。

物語のクライマックスは、アメリカ国家予算に匹敵する莫大な資産を二分する異父兄弟が戦うのである。
ゴルチェンコ体制は、ゴルゴ様を雇って反乱分子である殺し屋大佐をターゲットに依頼し、クーデターを阻止する。クーデターに失敗した軍の将軍が自決してしまったことを超能力で知った殺し屋大佐は、それまでの恨みの一念を自分の母親に向けて殺しに行く。ここで、ゴルゴ様と対峙することになる。二人の射撃の超能力合戦になるのだが、もちろん結果はゴルゴ様の勝ち!

ゴルゴ様は結果的には、「自分の母親を護った」ことになるのである。

今日、あなたも私も通常の生活を送っている。やるべきこと(仕事)があり、家族や友人と何気なく過ごしている。

ゴルゴ様にすれば、通常の生活を送ったにすぎないし、やるべきことをしたにすぎない。
「母親を救うために義兄を撃った」のではないのである!
これぞ正に一生に一度あるかないかの神仕組みと言えよう。

通常の生活を送っている結果がもたらす見えない世界は、計り知れない可能性を秘めているのだ。
通常の生活を精一杯に過ごせることがいかに大切なのか、何事もないつまらない日にこそ考えてみよう。

漫画と言うより劇画というジャンルを確立させた「ゴルゴ13」(1968年〜現在まで38年間連載)の生みの親、さいとうたかを先生(1936年蠍座生まれ)は蠍座生まれである。さいとう先生の作品から蠍座A型かな、と予測した勘は当たっていた。
作風から星座を当てたもう1つは、「ルパン三世」(1967年〜2年間連載)の生みの親、モンキー・パンチ先生(1937年双子座生まれ)である。モンキー・パンチ先生は双子座の象意そのものである兄弟の名称であり、おまけにAB型であった。

ゴルゴ13と同様、ルパン三世も平気で人を殺す。宮崎駿先生(1941年山羊座生まれ)によって映画化された「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年作品)はあまりに有名であるが(宮崎駿先生については後述詳しく)、本来モンキー・パンチ先生が生み出した「ルパン三世」とは異なっており、本来の「ルパン三世」は非情で乾いていて双子座特有のブラックユーモア溢れる作品であった。

「ゴルゴ13」には、蠍座特有の運命の非情さや在り得ないような神仕組みが仕込まれている。そして根底には計り知れない重い情念があり、決して乾いていない。「ゴルゴ13」にはいろいろなことを学ばせてもらった。たくさんありすぎて何から書いていいのか判らないほどであるが、まずは最新の別冊ビックコミック(2007/10/13)号から「ラストグレートゲーム」で紹介しよう。

この作品は、9.11テロから数ヶ月後のイラク戦争に至るまでのフランスとアメリカの石油利権の水面下の闘争が描かれている。もちろん物語なので、真実に近いかどうかなんて関係ない。「ゴルゴ13」の最大の特徴は、「人の生き方」が問われるものが多いことである。「ラストグレートゲーム」の主人公はアルジェリア人でありながら、母国アルジェリアを裏切り、フランスの石油産業に貢献したが今度はフランスに裏切られて、アメリカに利用される羽目になる。

このアルジェリア人の主人公は、たまたま海を漂流していたゴルゴ様の命を救う。ゴルゴ様が、傷が回復するまでお世話になっているところにフランスの殺し屋部隊がやってくる。フランスのために貢献したがゆえに、知りすぎている主人公を口封じに来たのである。もちろんゴルゴ様に、全滅させられてしまう。しかし次にフランスに不利な証言が欲しいアメリカが捕まえにやってくる。ここで主人公は自らアメリカに捕まりに行ってしまう。アメリカ側はフランスに不利な証言を利用してそれをイラク攻撃の理由に使う魂胆であった。

しかしここで「人の生き方」が問われることが起きる。主人公は決してフランスに不利な証言をしなかったのである。

歴史を紐解けば明らかなこともあろうが、この主人公はアルジェリア独立運動(1954年〜1962年)の際、アルジェリアを裏切ってフランス側についた「アルキ」と呼ばれる者であった。停戦後「アルキ」はフランスがアルジェリア側の国民解放戦線に差し出した生け贄にされたとある。本当かどうかは別としても、元同胞が憎み合い、闘争の怒りの捌け口になる。これは、「やられたらやり返す」が高じ、「殺されたら殺す」終わりなき破壊の図式である。

アルジェリアを裏切ってフランス側についた結果、元同胞アルジェリア人に家族を殺された過去を持つ主人公であるが、今度は貢献したフランスに殺されそうになったのである。
「裏切ったら裏切られるのである」日常でも、小さなレベルで起きていることである。(とても蠍座的である!)

そしてフランスに裏切られた主人公が最後に取った行動は、フランスを裏切らなかったのである。アメリカに捕らえられて黙秘をし続けた結果、フランスに不利な証言を得られないアメリカはイラク戦争(石油利権争い)に9.11テロ感情を利用して勃発した。フランスは命拾いしたのである。
その後、「フランス大統領がアルジェリアを公式訪問し独立戦争で戦死したアルジェリア人の墓地に献花し、アルキの犠牲はフランスが招いた悲劇だったと初めて詫びた。」という結末で「ラストグレートゲーム」は終わる。

アルジェリア人の主人公はフランスに「復讐」できたのに「復讐」しないで「謝罪」させたのである。
このすさまじい「運命変更」が、お解かりであろうか…

最後には、「裏切ったら裏切り返す」をしなかった結果である。終わりなき破壊を止めた。
「ゴルゴ13」の物語には蠍座特有の運命論があり、神仕組みや奇跡が、歴史の中に潜まれていて、読み応えがある。

少年少女、社会人向けなど漫画もいろいろである。都下某パ○コ店内で「占い師」として活動し始めの頃は、暇なので漫画を席でこっそり読んでいた。少女漫画を振り返ってみると、小学生時代の「週間少女フレンド」(講談社)がある。当時の連載、細川智栄子先生(1929年生まれ星座不明)の「あこがれ」(1968年〜)は、今や何児かの母である堀ちえみさんの主演で「花嫁衣裳は誰が着る」のタイトルでドラマ化(1986年)もされた。

「あこがれ」は現在の韓流ドラマの原点ではないだろうか…。(でもごめんなさい。韓流はほとんど観ません。)ありえないような悲劇や奇跡が次から次へと起こり、薄幸の美少女は、最後にイケメン人気スターとの玉の輿結婚とデザイナーとしての社会的成功を手に入れる。主人公「千穂ちゃんはどんなに苛められても陥れられても、ヒネくれないし、誰も憎まない。そして希望を捨てない。」その姿に9歳の私はえらく感動した。「キューリー夫人」の伝記を読んでもここまでは感動できなかったのに、漫画とは解り易くて偉大である。

この千穂ちゃんの生きる姿勢は、人生いくつになっても問われる純粋な真に強い生き方で常に謙虚さを忘れない大事なことであり、これができれば怖いものなどなにもない。だから、千穂ちゃんはありえないほどの幸せを手に入れられたのだろう。(これ現実の話…)

中学生になって、里中満智子先生(1948年水瓶座生まれ)の漫画(作品名は忘れてしまった)で、ベトナム戦争の実体を知った。里中先生は水瓶座なので社会風刺が上手い。漫画は世事を、テレビ報道や新聞とは違う側面から知ることができる。それは今日も「ゴルゴ13」の愛好家である由縁となっている。(ゴルゴ様に関してはまた後ほど詳しく…)

少女漫画に話を戻すと、高口里純先生(1957年天秤座生まれ)の「花のあすか組」(1985年〜1995年)には、「生きることが、いかに重く、そして痛快なことか」が描かれている。映画化もされており、お馴染みの方も多いだろう。登場人物の星座が設定されているが「あすか」と「ミコ」は不明である。高口先生が天秤座なので「あすか」も天秤座か天秤座の裏返りで対中の牡羊座(天秤座とは似て非なるものであり陰陽関係になる。)であろうと思われる。私を感動させた「あすか」の銘台詞を一つ。

生きるとは、「ただ命、燃やすだけさ…」だと、カッコイイのぉ!
そう、「ただ…」がいい。「ただ、命を燃やす」こんな生き方、なかなか実感できない。