<魂は不滅だけど肉体は寿命がある>No.281

「魂」は不滅ですが「肉体」にはもちろん寿命があります。
「魂は永遠だけど、こちらは仮の世」という考え方もありますが、個としての魂は永遠ではないし、こちらも仮の世ではないのです。
同じエネルギー体として「永遠」に生存し続けるということは宇宙原則からしてありえないし、私たちはこちらにいないと出来ないことをしに来ているのです。
この事実を知っていたら、肉体の「死」はなかなか覚悟できるものではありません。
それでも一瞬のうちで死を覚悟しなければならないことが歴史の中にはありました。
「生きる」選択ができる今日、私たちは恵まれているのです。
どうにもならなくなって死にたくなる思いで自殺を選んでしまう場合もありますが、肉体を失うとそのときの「意識」(気持ち)がただ続くので死んでも実はなんら変わりがありません。解放などないのです。それを地獄といいます。
(映画「奇跡の輝き」をご覧になると解りやすい)

肉体は「空間」があるから存在できます。
「空間」があるところには「時間」があります。
つまり肉体があるということは「時間」というギフトももらっているのです。
死にたくなるような思いも「時間」によって変化する可能性がありますが、肉体を失ってしまうと「時間」がなくなるので(正確にはとても遅くなる)そのままの状態が続くことになるのです。
(それでも地蔵大菩薩さまのお働きで、地球時間にして数千年、数万年くらいかけて救っていただいていることでしょう)
だからどんなに辛くても自ら肉体を失うことをしてはいけないのです。

もう何も欲がなくなった。思い残すことはない。いつ死んでも怖くない。
などと、まだ私より若い方が申しているのを見かけると、それはとんでもない間違いだと思うのです。
「死」を真近かに見た人間なら簡単にそんなことは言えないのです。
余命を言い渡されて、自らの人生を振り返り身辺整理をして、思い残すことはない、と思うのとは訳が違うのです。
「肉体」を失うとそこまでの「意識」であの世に旅立つことはどんな死に方でも変わりありません。
私たちは生きている間、肉体があるおかげでいろいろな経験をし、いろいろな知識を得られているのです。

20代のころ、死んだら現在の人類が解らないこと(宇宙の構造や神仏の存在)はすべて解ると思っていました。
しかしそれはとんでもない間違いだと40を過ぎて気がつきました。
こっちにいるからいろいろな人と会っていろいろな経験をし(喜怒哀楽)、いろいろな知識や情報を得て学んで、魂(意識)が成長できるのです。
肉体がなければ飛躍的な意識の進化(成長)はないのです。
そのことに気がついた時、こっちにいるときにもっと必死にならないともったいないと思いました。

人類よりずっと進化した生命である神仏は、私たちのような過程を経てきたのでしょうか・・・
それは解りませんが少なくても地球時間にして数百億年以上は同じエネルギー体として存在して成長してきたものと思われます。
(ビッグバン137億年説は地球時間)
いつしか私たちがもし神仏に成長できる日があるとしたら、その中の100年?くらい「私」として生きた魂は不滅なので一部となって存在していることでしょう。
私たちが意識していようがいまいが宇宙法則として「成長」を望んでいることは確かなのですから・・・

魂は不滅肉体は寿命

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