肉体、魂、意識

「人」とはこの三次元である地球で生きていく物理的な「肉体」を持ち、霊的な面からは、何度もの前世も経験している「魂」や「意識」のある存在である。「肉体」は先祖から継承されてきたもので、「魂」とはご縁ある神仏の分け御魂であり、「意識」とは今世に発生した運命を伴って人格を形成していくものである。「魂」は前世をかなり共有しているが「意識」は新たに発生しているので前世の積み重ねはあるが、前世とまったく同じではない。または、横の軸が空間で「肉体」先祖を現し、縦の軸が時間で「前世」の積み重ねを現し、十字の交差したところに現在の「人」としての「意識」を持つ自分がいると言えよう。

「肉体」には、目に見える遺伝的要素と、目に見えないカルマ的な要素がある。この二つの要素は、その家系の持つ要因を継承するので、人種的、民族的、一族的な継承となる。トラウマやコンプレックスなどは病気やネガティブな気質体質となり伝承する。「人」の肉体のDNAには元々、陰陽のあらゆる要素が含まれている。あらゆる二元性からの現実世界の偏りが不調和な状態を引き起こし、高じると変容して「魔」になる。

「意識」は、「肉体」と連動しており、現実に体験した「記憶」が「肉体」に内在して、「運命」に作用していく。

しかし「人」の胸(心臓)の辺りには、神仏の分け御魂である「魂」(直霊(なおひ))を宿している。ここで言う神仏も唯一の存在(宇宙の大いなる意思=ワンネス=サムシンググレート)からの分け御魂であり、「神」と呼ばれる存在と「仏」と呼ばれる存在はエネルギー的に陰陽の関係になっていて、「魂」にも「陰陽」の要素がある。「人」は誰しも内なる神(分け御魂)を宿しているのである。

しかし「肉体」と「意識」においては、陰陽の偏りから、「魔」を作り出してしまう要素がある。それは今の三次元の地球そのものが、あらゆる二元性を体現するようにできている場だからだ。どんな人種であり民族であっても、「人」には神聖な「神」の一部である「魂」が入っているのに、偏った「意識」が「肉体」と連動して「魂」の調和を乱し、あらゆる不幸を作り出す。すべて「悪」の要因は「人」の「肉体」に埋め込まれたDNAと「意識」が作り出す偏りが要因である。

地球に存在する私達「人」とは、本来、神仏からいただいた分け御魂である神聖な「魂」を持つ存在である。「意識」と「魂」の「差」がまったくなくなり、「差」が取れた状態を「差取り=悟り(さとり)」と言う。この状態に達した「人」は仏陀とキリストで、魂のレベルを測る科学キネシオロジーテストだと「1000」の状態であろう。しかし、陰陽二元性の世界において「人」の自由意志次第が作り出す「意識」に極端な偏りが生じると、「魂」からは遠くかけ離れ「意識」が暴走すると、「魔」が差すのである。

通常の「人」には必ず、「魂」と「意識」には「差」があるものだ。「差」があってもよいので、「魂」と常に繋がって調和していれば、良いシンクロが起きやすく、神仏の加護も受けやすいので、良い運命に変えて行けるのである。内なる神である「魂」と自分の「意識」の調和は「太一」の境地に近づくこととなる。

辛いとき、悲しいときなど、ネガティブな感情に陥ったときに、自分への「祈り」を思い出して欲しい。「我が内なる神(宇宙)と我が意識が陰陽調和されますように・・・」と祈ろう。

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