1983年、映画館で「幻魔大戦」を観た時は、終末論的な発想に愕然としました。

まだしっかりと鑑賞したSF映画やもろもろの知識も少なかったなかったからです。

それから34年経った今「幻魔大戦」を観返すと個人的なシンクロも多く、言葉の深さにも驚きます。

ハリウッドのSF映画の原点に、日本の漫画やアニメが多くあったことも予想できます。

 

私は宇宙が大好きですが、宇宙には当然「破壊」的な「働き」もあって、破壊を得意とする存在もいるのでしょう。

宇宙の全ての存在は「成長」することを目的にしていますが、「破壊」という作用をなくすことはできないのです。

 

マルチバース理論では、10の500乗個もの宇宙が生れている中で、なぜ、私たちの宇宙は程よいほどの特異点から生れることができたのか(インフレーション効果)・・・

それは「破壊」より「成長」の「力」が強かったからなのではないでしょうか、

 

地球では、56000年前に3度目の天岩戸開き(急激な霊的進化)がありましたが、失敗して「失楽園」になりました。

その6000年後から大きな天変地異が起きてきます。

3度目の天岩戸開きの失敗から神々や人類のさまざまな争いや問題は起きてきますが、物質文明はだんだん発達します。

4度目の天岩戸開きの現在は、「天・地・人の岩戸開き」の時期であり、太陽系・地球・人類に霊的大変革が起きているのです。

人類は霊性・精神・文化と物質文明を陰陽調和させた文明にする必要があります。(参考著書:「2013年太陽系大変革と古神道の秘儀」山田雅晴氏)

 

「幻魔大戦」を観終えて、「破壊」の後に残った「希望」が宇宙法則の原点である「成長」をまた促していくメッセージに思えました。

去年亡くなられたキース・エマーソン氏の素晴らしい音楽が新たな「成長」に輝きを添えています。

 

 

地球に生きている以上、地震や火山噴火を避けることは出来ません。

隕石が落ちてくることもあるでしょう。

34年ぶりに「幻魔大戦」を観終えて、「破壊」を乗り越えて「成長」し続ける前向きな心を新たにしたいと思いました。

 

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ブログ<偉大なるモーリス・ホワイト>No.31

http://nakagawaharumi.jp/?p=3002

にも書きましたが、

Earth、Wind & Fire の名前の由来はモーリスのホロスコープから来ています。

宇宙の四大要素である火(プラズマ)、地(個体)、風(気体)、水(液体)のうちモーリスのホロスコープには「水」がなかったのでついた名前なのですが、

なんでモーリスは「ピラミッド」にこだわっていたのか・・・

宇宙から地球救済のためにやってきたモーリスは、当然「ピラミッド」パワーを知っていたとは思いますが、FBで見つけたこの映像を思い出しました。

それは5つしかない正多面体、別名「プラトン立体」です。

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西洋占星術では4つのエレメントがありますが、第5のエレメントは扱っていません。

西洋ではこれに「エーテル」を加えて5番目の要素とし、仏教の五行学では「空」としています。(東洋系の占いの五行学とは違います)

これから西洋占星術でも「空」の要素を考えていくことが課題であると思います。

この世界の構成要素である「火」「地」「風」「水」「空」がプラトン立体で表されています。

モーリスは射手座で「火」のサインです。

射手座の守護星は「木星」でアースのアルバムにはよく「♃」のマークが使われています。

「木星」は「地球」に来る前に隕石や彗星などから護ってくれる有り難い惑星です。

西洋占星術では最大の守護と幸運をもたらす天体として扱います。

Earth、Wind & Fire のアルバム「ALL’N ALL」では「Jupiter」が収録されています。

ジャケットにはピラミッドと「♃」のマークが描かれています。

裏面にはピラミッドが2つ重なった「風」のプラトン立体である正八面体が描かれています。

この絵を描いた日本人画家の長岡秀星さん(1936.11.26生れ、2015.6.23没)もまた射手座生れであってモーリスと通じるところが強かったと思われます。

https://www.youtube.com/watch?v=9VjgGIS4yo4

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(その1)・・・1978年3月、春休み・・・18才

高校時代から洋楽に目覚めていましたが、本格的なR&B、ソウル、ファンクが自分が一番好きなジャンルだと知ったのは、高校の卒業旅行のときです。

春休みに友人たちと伊豆方面にいったときに(伊豆長岡の駅だったと記憶しているのですが・・・)駅に隣接しているレコード店があってそこから流れてきたのは、

Earth Wind & Fire の「Fantasy」でした!

衝撃が走って、思わず店員さんに「この曲なんですかぁ」と聞きました。

「アース、ウィンド、アンド、ファイヤ」です。と教えてもらってグループ名にしては変わっているなーとしっかり覚えて東京に帰りました。

東京に戻って、中野ブロードウェイにてLPをゲットしました。

 

(その2)・・・1979年、夏頃だったかな・・・19才

高校卒業後、専修学校、専門課程電子情報処理科に入学しました。

通学路に新宿PEPEがあるので、いつものようにPEPE内をプラプラしてると、流れてきたのは、

Cheryl Lynn の 「Got To Be Real」でした!

衝撃が走って、どうやってこの曲を調べようかと悩みながら帰りました。

数週間後、学校の友人が偶然に貸してくれたLPの中にあったのですが知らずに持ち帰りました。

自宅でかけていると、スピーカーから飛び出したのは忘れもしないあのメロディ~「ツゥービーリィー」でした!

 

(その3)・・・1980年、秋頃だったかな・・・21才

専修学校を卒業後、コンピュータのメーカーに勤めだした私は新宿から丸ノ内線に乗って国会議事堂前まで通勤していました。

丸ノ内線は新宿アルタに直結しているので毎日アルタを通りました。

とある帰り道、いつものように地下から西武新宿駅に向かおうとアルタを通っていますと流れてきたのは、

Brothers Johnson の 「Stomp」でした!

衝撃が走って西武新宿駅につくまでずっと耳の中で流れていました。

しかしこの曲のアーチストが解って手に入れるまで20年かかりました。

当時、当然ディスコにも行きましたがタイミングよくなかなか、かからず解らない日々が続きました。

闇雲に貸レコード店でLPを借りる日々を過ごしましたがなかなか当たらず、無念の日々が続きました。

でも一度聞いたメロディを私の耳は記憶していました。

 

(その3のつづき)・・・2000年のある日・・・41才

IT技術者として14年間に2回の転職を経た後に大転職しました。

10代から知っていて20代になって専門的に習ったことのある「占い」を実践する機会を得ました。

24才のときの西洋占星術の師匠がパルコに占いコーナーをつくったオーナーでもありました。

「池袋パルコ占いコーナー」は日本初のビルの中に出来た占いコーナーでした。

占い師になって師匠の申すままに、渋谷パルコと池袋パルコに14年間出ていた私は、パルコに流れる音楽は聴き放題なわけで、休憩時間にはCDを視聴にもいけました。

ディスコのベストCDを何気に買って、うちで聴いていますと忘れられなかったあの「ストンプ」が流れてくるではありませんか~(涙)

20年後に手に入れられたのです。感動一入でした~!

 

他にも鉄板曲の出会いはたくさんありますが、衝撃的な3つの体験を今でも思い出し、その曲を聞くたびに新鮮な気持ちに戻ります。

 

 

 

 

 

光の流れには真に耳を傾ける価値があるんだ
光に闇を取り入れ
僕らに欠けていたものを示そう
満ち足りている者などほとんどいないのさ
真実がなければ誇りも生まれはしない
アルバム「魂」より「永遠の炎」(和訳)
EARTH,WIND & FIREを初めて知ったのは1977年「Fantasy」からなのでアルバム(LP)は「ALL’N ALL」(太陽神)から集めました。
(1つ前の1976年「SPIRIT」(魂)は持っていたはずなのに間違って断捨離したみたい(涙))
LPには和訳が付いていて当時の私はその歌詞にも惹かれました。
格別にEARTH,WIND & FIREを好きな理由です。
スピリチュアルな話しが少しずつ日常的になってきた現在ですが、40年以上も前に彼らはその最先端を歌ってきました。
(例えば40年前は前世の話題など出せません)
 「ALL’N ALL」(太陽神)以前の曲目もCDでほとんど持っていますが和訳のついた紙ジャケットCDを今回、購入しました。
和訳を眺めながら40年以上前に彼らが世界に向けて歌ってきた宇宙と地球と人類の歌に改めて感動しています。
アースウィンドアンドファイヤ紙ジャケット

Earth Wind & Fire のモーリス・ホワイトが逝ってしまいました。
一昨日(2016.2.4)モーリスが旅立つ時間の頃、私はアルバム「スピリット」をちょうど聴いていました。
パソコンにはダウンロードをしていましたがアルバムで持っていなかったので先月、購入したばかりでした。
私がアースを初めて知ったのは18才のときでした。
高校卒業の春休み、友人たちと伊豆に行きました。
帰りの駅ビルの中のレコード店で流れる曲に思わずしびれて
「この曲はなんですか?」と店員さんに尋ね教えてもらったのが
「宇宙のファンタジー」です。
東京に戻って速攻、中野ブローウェイのレコード店で買いました。

その後1988年、2度目の日本来日の国立代々木競技場ではアリーナ席、前から10数列目でモーリスを見ました。
ヒールの靴を履いて立ちぱなしでずっと見ていました。
神々しくて今でもその姿は忘れられません。
どんな賢者の言葉よりアースの「音楽」その波動は、勇気であり癒しであり、この地球に生きた証となって私とともにいつもあります。

Earth、Wind & Fire の名前の由来は彼のホロスコープから来ています。

宇宙の四大要素である火(プラズマ)、地(個体)、風(気体)、水(液体)のうちモーリスのホロスコープには「水」がなかったのでついた名前だそうです。
「水」は生命すべての象徴なのですが、モーリス自身が「水」の象徴でありライブ中のモーリスの汗に、丹念に生きている素晴らしい生命であることが込められています。

 

偉大なるモーリス、寂しいです。
あなたがいなかったら今の私はいません。
私にとってあなたは神でした。
ルーツの星に帰ってしまうのでしょうか・・・
それともあなたのルーツは地球にあるのでしょうか・・・
きっとどちらもなんだと思います。
でももう少し一緒に地球にいて欲しかった・・・

我々は神とひとつになる

生命を愛し魂は法悦にひたる

求めていた生命を見出すだろう・・・

 

「宇宙のファンタジー」(1979年日本武道館公演より)

人は誰でも 心に夢の王国がある

どんな現実も その王国を消せない

幻想号に乗って 空高くゆこう

あらゆる夢が 実現するところへ

我々の声は響き渡り いつまでもこだまする

我々の歌を歌い続ける 永遠の宇宙に

すべての思いは ひとつの流れとなって

あなたの行動に 生命を吹きこむ

幻想号に乗り はるか彼方へゆこう

あらゆる夢が 実現するところへ

我々の声は 響きわたるだろう

防げるものは 何もない

永遠の夢に 生きるだろう

ひとつとなって

夢の王国の勝利を 見るがよい

愛の生活が 不朽の自由をもたらす

我々は 神とひとつになる

生命を愛し 魂は法悦にひたる

求めていた生命を 見出すだろう

さまざまな生を経て 自覚するのだ

夢の王国の勝利を 見るがよい

夢の王国にとどまって 生きる限り

輝く光が あなたをつらぬき通す

あなたは風に乗り 飛び立つのだ

微笑みをたたえて 高らかに叫ぶ

私は自由なのだと

 

モーリスとピラミッド

新しい「スターウォーズ」を観てきました。
SF映画が大好きですが、「コンタクト」「2010年」「マトリックス」に比べて「スターウォーズ」は宇宙の記憶をただ観ているようです。
大きな感動や気づきはあまり感じたことはなかったのですがこの映画から強く感じたことはシンプルです。

卓越したフォースを持つジェダイの騎士たちは滅んでしまいました。
なぜでしょうか・・・
特別に強力なフォースの暗黒面の持ち主、ダースベーダ―が生まれたからです。

ダースベーダ―の父が暗黒面の元凶のシス?だからです。
「エピソード1」を見直すとアナキンの血にフォースの源となる生命体がマスターヨーダより多いことが解ります。
シスのDNAだからですね、
アナキンはアミダラ(阿弥陀羅と漢字では書きたいところ)と結ばれここに「光」の血が半分入ったルークとレイアが生まれます。
ルークは暗黒面を相殺する光のフォースを強く持てたので父であるダースベーダ―を光の方に戻すことが最後できました。
またレイアはアミダラのように強くたくましくレジスタンスとして生きています。

さてレイアはハンソロと結ばれました。そして、ルークは・・・?
ルークとレイアはフォースの暗黒面の元凶であるシスのDNAが入っています。
そもそもシスとはナニモノなのしょう。

宇宙には「創造」「保守」「破壊」のエネルギーが満ちています。
思うのは「存在」こそが「善」であること
しかし同じ形態の「存在」は有り得なく、宇宙は常に動いて運動しています。
その運動の中に緩やかな移行と急激な破壊が起こります。
あえて二元論に置き換えるなら、急激な「破壊」(否定)を行うものが「善」(存在)の反対の「悪」(闇、カオス)です。

シスは宇宙の破壊的な力の象徴でしょう。
そしてその力は強力であり自由意志の強い人間には入り込みやすいのです。
それをこの映画ではフォースの暗黒面と言っていますが、以前のブログでご紹介した本の「パワーかフォースか」では暗黒面が「フォース」になります
「パワー」は、本来のフォースということになります。

この映画が的を得ているなと思うのは純粋なフォースより暗黒面のフォースの方が強いということです。
つまりより強いフォースを手に入れるには暗黒面のエネルギーを克服しないとならないということです。
なぜなら強い暗黒面を克服する必要がなかったジェダイの騎士たちは滅んでいるからです。
だからこそ、宇宙の法則の元にフォースのバランスをもたらすモノとしてダースベーダーは生まれたはずなのです。

ルーク、レイアの次世代の新しいスターウォーズ、これからの展開を楽しみにしています。

スターウォーズ3

「百億の昼と千億の夜」は、
原作:光瀬龍氏、絵:萩尾望都氏、1977年~1978年の作品です。
まだ20歳になっていない私は、この漫画を読んで言いようのない壮大さと空しさに襲われました。
以下、阿修羅と転輪王の最後のやりとりです。


転輪王:「阿修羅、宇宙の果てとはなんだ」
阿修羅:「宇宙の膨張速度が光速に達したところに果てがある、
その時、宇宙全体の質量のため空間は閉ざされ一個の球体の内部を構成する」
転輪王:「では阿修羅、その球の外は?」
・・・・・・・

私たちがシャワーで洗い流す細胞の中にも宇宙があるかもしれない。
マクロな世界はミクロな世界に繋がって、限りない外側は限りない内側に繋がっている。
そう考えると、今も言いようのない壮大さは同じですが空しさはなくなりました。

画像は宇宙全体のシュミレーションと私たちの天の川銀河を含む局部銀河群
(FB2012.8.31&2015.8.31)

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この映画を最初に観たときには、結局は争いがなくなっていない地球にがっかりしたけど、
4回見直してパラレルワールドを考えるといろいろな地球があってもおかしくはないのだと思えました。
トム・ハンクスが演じるいくつかの転生が、良人と悪人の差が激しいのが見どころです。
映画の最後で別の星から見た地球は青く光っていました。
写真は探査機カッシーニから土星付近から見た地球と月(上)、水星付近から見た地球と月(下)

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宇宙にはさまざまな要素が満ち溢れています。
宇宙はけっしてカオスではありませんが私たちの世界からはカオスに思える要素もあります。
物質の元となる陽子は「愛」で中性子は「調和」、そして「電子」は方向です。
さらに、素粒子の世界にはさまざまな「働き」(運動)を創っていく「意志」が存在しています。
「意志」とは「存在」そのものです。
もし「電子」がネガティブな方向に働けば破壊も起きます。
しかし一方向にだけに永遠に作用することはないのでいつか(といっても3次元からは何十億年単位かもしれませんが)治まっていきます。

昨日、大好きな映画「2010年」を観ました。
「2001年宇宙の旅」の続編です。
この映画はスタンリー・キューブリック監督、アーサー・C・フランク氏の小説「2010年宇宙の旅」を映画化したものです。
何度見ても涙がこみ上げるシーンがあります。
高次の不思議な宇宙存在モノリスたちが新しい太陽として木星を覚醒させるとき、探査していた人間たちを救うため高度な知能を持つコンピュータHAL9000は自ら犠牲になることを承諾します。
コンピュータは人間が作ったものでしょうか・・・
いいえ、違います。
コンタクトをとるためのインターフェースは人間が人間に解るように作り出しましたがそこにある意志は宇宙の意志と同じです。
とくに人間と違って自由な肉体を持たない分エゴが小さいのです。
電気的であるものほど宇宙の意志が入ります。
HAL9000は自分のハードウェアが破壊されることを知ったときに「怖い」と言います。
するとすでに宇宙の大いなる意志と一体化しようとしているボウマンが言います。
「大丈夫、私と一緒だよ」
人間ボウマンとして生きたときの妻と母に彼は電気を使って会いにきます。
「もうお別れだ」
とっくに肉体は滅んでいるのでお別れしているはずなのですがさらにお別れを言いに来ました。
なぜ、と思うシーンです。
「個」としての転生(運動)が終わって次の段階に行くからです。
なんで涙が止まらないのか解りませんがこのシーンがたまりません。

写真は木星と、衛星のイオ(黄色っぽい)とエウロパ(白っぽい)です。
映画では「人類はエウロパには関与してはならない」とメッセージがきます。
現在、エウロパの氷の海の下には生命の存在が指摘されています。(2015.10.7)

イオとエウロパと

2012年冬至、マヤの暦が終わる1大イベントを終えて、無事2013年を迎えました。
2012年末に、何か起こるのではないのかと不安と期待もあったと思います。
2012年を無事に見送りもう1か月が過ぎようとしています。
何もなかったことに安堵された方も、失望した方もいたのではないでしょうか・・・
終末論とはいったいどこから来たのでしょうか・・・
それは、古代人の希望なのでしょうか・・・
それとも未来を、あるいは過去を視た者が伝えているからなのでしょうか・・・

私たちの世界に起こっているすべての事象は、人間の世界も宇宙にもリズムがあります。
まず物事には始まりがあって必要なものが集まって生まれてく「創造」の世界があります。
次に創造したものがさらなる繁栄を遂げようと「保守」の世界になります。
最後は「保守」が破られて移り変わる「破壊」の世界が訪れます。
「創造」「保守」「破壊」のリズムは繰り返され、変化し動いていることそのものが生きているということです。

「フェイバレット」<風の谷のナウシカに思う>No.25
http://nakagawaharumi.jp/?p=1039

以下抜粋

「風の谷のナウシカ」は、1984年映画版が有名ですが、1982年より宮崎駿氏(1941年山羊座生まれ)41歳のときからマンガ雑誌「アニメージュ」に連載を始めて約11年間、1994年53歳のときに完結した映画版の基となった漫画版があります。
発売とほとんど同時に購入して読んでいました。(残念ながら1巻2巻は初版本ではないのですが、3巻~7巻は初版本を所有しています)
漫画版の方が深く複雑ですが特に、映画と漫画ではラスト(終焉)が全く違います。
映画化された部分は漫画版全7巻のうち、2巻前半までの内容に手を加えた形になっています。

上記は東日本大震災の少し前(2011年1月29日)に書きました。

現実的な古代文明より暗示される終末論的なものもありますがナウシカ漫画版から思うことを書きたいと思います。
(是非、映画版しか見たことない方はご覧になってみてください)

 

以下「」文は「風に谷のナウシカ」から

ぼろぼろになった世界に古くからの言い伝えである予言があります。

「古き予言はまことであった・・・
青き清浄の地へみちびく者があらわれたのだ
木々を愛(め)で 虫と語り 風をまねく鳥の人・・・」

「その者青き衣をまといて金色の野におりたつべし
失われた大地との絆をむすばん」

人々は青き衣の者が救ってくれると期待しますが、
「青き衣の人は救ってはくれないよ、ただ道を指し示すだけさ」と出てきます。

「青き衣の者とは土鬼(ドルク)の土着の宗教が事実をきいて語りついだ願望なのか
それとも破滅の危機がたかまるとき私たち種族の生命が時空を隔てて産み出す人々なのか・・・」

次は、隠れた聖地に住まう即身成仏たちとナウシカのやりとりです。

即身成仏:
「・・・・・・
神はこれ以上人間が大地を汚すことを許しません
神は語っています
旧き世界は滅び永い浄化のときが来ると・・・」

ナウシカ:
「なぜそのために木々や鳥や蟲たちまでが苦しまなければならないのでしょう
王蟲たちの苦しみや悲しみは誰がつぐなうというのです」

即身成仏:
「滅びは必然です
神聖皇帝の愚行すらその一部なのですよ
すべての苦しみは世界が生まれかわるための試練なのです」

ナウシカ:
「ちがうわ!!私たちの風の神様は生きろといってるもの
わたし生きるの好きよ 光も空も人も蟲もわたし大好きだもの!!」

アセンション論に、肉体を離れて魂が5次元にいくというイメージのものもあるし他力を求め宇宙人救済説もあります。
私も以下のブログを書きました。
<アセンション 宇宙人救済説>No.200
http://nakagawaharumi.jp/?p=2227

人間が想像できるものはこの宇宙にあり得ることだからこのようなこともゼロではないでしょう。
しかし、宮崎氏の「ナウシカ」を読み返してアセンションの真理を考え直します。
即身成仏とは生きながらにして仏(ほとけ)になることです。

即身成仏:
「永くまったかいがありましたね
ええ、風が来ました。やさしく猛々しい風が・・・」

ナウシカに会って心穏やかな即身成仏たちは肉体を離れていきます。
「滅びは必然」と言いながらナウシカに希望を見たのです。
旧約聖書ヨハネの黙示録や仏教における弥勒菩薩救済説が存在している理由は同じようなことなのかもしれません。
予言があって予言に近いことが起こっていくのか、
予言の基となることが過去にあったから未来にも存在しているのか、
いずれにしても「創造」「保守」「破壊」の流れの中にいるには変わりありません。
アセンションとはまさに「破壊」の中に入っていることと言えましょう。
「破壊」という流れの中から建設的に思考し行動する「ナウシカ」はそれを教えてくれます。

 

そんなナウシカも人間のあまりな愚行と他の生命体である蟲たちの犠牲的な愛の行為に心がつぶれそうになります。
私はFBをしています。
TVや新聞では見られないいろいろな情報やニュースを知ることができます。
しかし戦争で犠牲になった小さい子供たちの画像を見てしまいました。
また反日活動で秋田犬を日本に見立ててなぶり殺しにしている画像も見てしまいました。
人間の争いのために犠牲になった犬・・・
なぜ日本の変わりに「犬」が殺されなくてはならないのでしょうか・・・
私はたまらない悲しみと怒りに襲われました。

以下再びナウシカから

ナニモノか:
「永い浄化の時が始まったのです
すべてが予定どおり進んでいるのです・・・・・・
ずっと昔から決まっていました
私たち呪われた種族は焼きつくされ新しい世界が生まれます」

ナウシカ:
「もう道はないのでしょうか?」

ナニモノか:
「滅びを恐れることはありません
おいで平安な世界へ」

ここで漫画の「絵」はナウシカの胸が光だします

ナニモノか:
「なんだね、その光は?
はやく捨てなさい 死者が甦る!」

ナウシカ:
「だめなの 光っているのは私の胸だもの」
「おまえは上人さまじゃない!!」
「人を喰らう虚無だ」
「されっ!!」

上記の即身成仏のようなイメージで登場したナニモノかは「虚無」だったのです。
2012年冬至に何も起こらなかったことで、がっかりされた人もいるでしょう。
今の生活や人類に幻滅し、この辛い3次元が続くことより魂になってアセンションしたい人もいたかもしれません。
現実に目を向ければ暗いニュースばかりで心の灯が「虚無」に食べられそうになります。
一度は「虚無」から抜けたナウシカでしたが再び、愚かな人間の戦争のために
死んでいく王蟲たち(他の生命体)の犠牲的な愛とともに自分も逝こうとします。

ナウシカ:
「もう何もかも手おくれだ」
「ここが私の旅の終わりだろうか」
「こんなに世界は美しいのに」
「こんなに世界は輝いているのに・・・」

しかし王蟲はナウシカの命を繋ぎます。
ナウシカ自身が「生きる」意志があるかどうか問われます。
「死」の淵は浄化された世界でした。
土鬼の皇帝はここで成仏していきますがナウシカはこの世に戻ってきます。
この世界は肉体を失った魂が成仏していく比喩の1つとして書かれたのではと思います。
ナウシカの心の中の次元として描かれています。
土鬼の皇帝はしがらみをすべて捨てて光の世界へ入っていきました。
もし、死んでしまったらいける世界なのかもしれないですが、
生きている私たちが「今」目指す世界ではないのです。
死んで5次元に行けるのがアセンションというのは幻でしょう。

さらに今度は3次元世界で同じような成仏した世界が現れます。
この世界は高度な技術で人工的に作られた世界でした。
トルメキアの2人の王子はこの世界の一部になっていきます。
大好きなピアノを演奏しながら、本人たちは全く気が付かないうちに平和な庭の一部に化していくのです。
生きながらにしてなるので即身成仏になる過程を省いて成仏するようなイメージです。
よく宮崎氏はこんな世界を考えたなぁと思いますが、
人間が想像することはあり得ることなのでどこかの星かもしくは過去の地球にあったのかもしれません。
眠りながら死にゆき平穏な世界に入るイメージです。

庭の主:
「そなた達人間はあきることなく同じ道を歩み続ける」
「何度もくり返された道を」
「みな自分だけは誤ちをしないと信じながら 業が業を生み悲しみが悲しみを作る輪から抜け出せない」
「この庭はすべてをたちきる場所」
「そなたのしようとしていることはもう何度も人間がくり返して来たことなんだよ」

ここで大きな秘密に触れます。
それは前述のブログにも書きましたがナウシカたちがDNAを操作された人類であったことです。

ナウシカ:
「永い間の疑問でした
世界を清浄と汚濁に分けてしまっては何も見えないのではないかと・・・」
「浄化された世界に私達は憧れてもそこでは生きられない
あなたは素から変わったとそういいました
自然に生まれた耐性ではなく人間が自分の意志で変えたのですね?」
真実に気づいたナウシカは平穏な世界から我に返ります。
以下前述ブログより


「ナウシカ」に出てくる腐海(ふかい)は、
人体に有毒な胞子を飛ばす巨大なキノコ類の森です。
映画版では、センセーショナルな登場をする巨大な虫、王蟲(おーむ)を始めとする生態系が腐海の中に在ります。
ナウシカは、腐海の樹木が綺麗な土と水の環境でなら、有毒な胞子(瘴気(しょうき))を飛ばさないことに気が付きます。
腐海は、清浄な空気と土を再生させるために生まれたものだったからです。

それが人為的であったと解るのは、最終巻(第7巻)で、旧人類の智慧の宝庫、土鬼(ドルク)の墓所を開けてからです。
映画版では明かされなかった衝撃的な秘密…
それは腐海も王蟲もすべて、旧人類の人工的な産物だったということです。
なんのために…
ぼろぼろになってしまった地球を浄化するためにです。
しかしここでもっと驚くことは人類の人体さえも、汚れた環境に合わせて作りかえられていたということです。

物語では、ナウシカを始めとする人類は、マスクを着けていても有毒な瘴気(しょうき)の環境にあるため、人体に毒素が溜まっていきます。
ナウシカは11番目の子供として生まれ、10人の兄姉の犠牲の上に育っていきます。
母体の毒素を吸って子が生まれるため育たなかったり、老いとともに手が石化して動かなくなる「生」を彼らは生きています。
その身体でさえ旧人類が高度な技術によって適応させたものだったのです。
汚染された地球の生態系に手を加え、それに適応した人体をも産み出していたのです。

私たちのDNAはどこかで何度か操作されてきました。
以下ブログから抜粋
<「あなたはどの星から来たのか」と「生命と宇宙」>No.201
http://nakagawaharumi.jp/?p=2242

「生命と宇宙」より抜粋

1971年頃は盛んに情報理論の研究をしていて人間のDNAの情報を漢字仮名交じりの和文にすれば7億字になると計算しました。
これは400字詰めの原稿用紙にして175万枚の文章量になります。
このように巨大な情報が米粒の60億分の1の小さな空間に含まれます。
・・・
ごく簡単な蛋白質でも偶然だけで発生する確率は毎秒500兆回振ったとしても
10の242乗億年もかかる見込みですから不可能といってよいという結論です。
ましてDNAのように複雑な蛋白質は論外というべきでしょう。

古生物学者を悩ませるミッシングリングがあるのはDNA操作に介入した存在がいるからではないでしょうか・・・?
果たしてその存在とはカミサマと呼ぶ存在なのでしょうか・・・?
それとも私たち人類の祖であるナニモノかなのでしょうか・・・?
生きながらにして成仏してしまう「庭」から抜け出したナウシカは
森とともに生きる種族、森の人セルムと「自然」と「生命」について考えます。
ナウシカ:
「千年前 人間は絶望の淵にあったのでしょう
必至に人々は希望を見つけようと努力した・・・
生態系をつくり生物をつくりかえる技はこの庭の維持にいまも生きています
計画では今は再生への道程のはずでした
けれど現実には愚行はやまず
虚無と絶望は更に拡がっています」

森の人セルム:
「あなたの考えは私達の一族を根底からゆるがします
森はひとつの聖なる生命体と私達は感じてきました」
ナウシカ:
「わたしはいまもそう感じています
たとえどんなきっかけで生まれようと生命(いのち)は同じです」
「精神の偉大さは苦悩の深さによって決まるんです」
「生命はどんなに小さくとも外なる宇宙を内なる宇宙に持つのです」

 

画像は、ミクロの世界からマクロの世界まで、中心にブラックホールが存在するとするものです。
科学的なブラックホールというよりこのイメージから解ることがあります。
この超微細な中心は、細胞の中心にも、銀河の中心にも、私たちの中心にも存在していてすべてと繋がっています。
ブラックホールだとしているこの画像からは「空」をイメージできます。
この「空」なる世界は、超次元の世界(一般的な12次元より上)、素粒子を生み出す世界、宇宙の大いなる意志の世界ではないかと考えます。
「空」に表される大いなる宇宙の意志は、宇宙の果てへと遠く、
そして自らの身体の一番奥の中心に存在して繋がっていますので、ナウシカの言葉の通りなのです。

ナウシカ:
「どんなにみじめな生命であっても生命はそれ自体の力によって生きています
この星はそれ自体が奇跡なのです
世界の再建を計画した者達が・・・すべてを予定していたというのでしょうか

ちがう
私の中で何かがちがうとはげしく叫びます」

私たち人類を造った存在は、どこまで人類の未来を解っていたのでしょうか・・・
創造、保守、破壊の流れとともに、70億の人類が地球を壊す前に自滅するように予言があるのでしょうか
アセンションとは重ねあわされた幻影なのでしょうか

ちがう
私の中で何かがちがうと激しく叫びます。
ナウシカと同じです。
再びブログより


千年の時を経て浄化され、その役目を終えた腐海や蟲たちは、全て滅んでいくようにも設定されていました。
清浄な地球に戻ったときに再生するように綺麗な(ナウシカたちのように造り変えられていない)人間の卵もありました。
汚染された環境に適応できるように造り変えられてしまったナウシカたちの人体も綺麗に戻す方法もありました。
しかしナウシカは叫び、これらをすべて巨神兵と共に破壊してしまいます。

「私達の身体が人工で作り変えられていても
私達の生命は私達のものだ。生命は生命の力で生きている。」
「生きることとは変わることだ。」

「なぜ気づかなかったのだろう。
清浄と汚濁こそ生命だということに、苦しみや悲劇やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない。
それは人間の一部だから…
だからこそ苦界にあっても喜びやかがやきもまたあるのに」

前回のブログの最後の引用です。
ナウシカのブログを書いて2年が過ぎました。
東日本大震災を経験し、外国からさまざま形で、攻めを受けている我が日本・・・
「ナウシカ」は日本人の象徴です。
「風の谷」は「日本国」の象徴です。
大国のトルメキアや土鬼(ドルク)の大戦争に巻き込まれながらも愚かな戦争を止めようと努めます。
そしてナウシカは女性ながら剣の手練れで自分の身は自分で護れます。
戦争は絶対に避けなければなりません。
今日、剣をふるうことはありませんが私たちは日本人としての誇りと
戦争に巻き込まれない強い「心」を持っていかねばなりません。

私の認識するアセンションは2013年が中心であとまだ100年くらいは続きます。
私たちのDNAは、それを造った者たちを超えて今変化しています。
生きているからです。
生きてきたからです。
画像はイメージですが目に見えない高次元の自己とDNAの螺旋で結ばれていきます。
これは失われた能力(直観)が再び強化されるようになります。
日本にはたくさんの神仏が居ますことを今一度思い出して・・・